The Kiss Precise
2009.7.26
「唇がキスをするのに 三角法は関係ないかもしれない」 フレデリック・ソディ「The Kiss Precise」より
私の作品を見て「曲面が好きなんですか?」と聞かれることがある。「特に意識したことはないのですが、そうですね!」などと答えてしまうのだが、内心は「はい、曲面大好きです。でも水平垂直面も大好きです。また曲面と水平垂直面が交わったり、曲面と曲面が交わったり、メビウスの輪のように表裏が一体となったものも大好きです」と思っていたりする。
一見すると「思いつき」のように見えるかもしれないが、自分のデザインした作品は全て自分なりの基準=モジュールがあり、幾何学がベースとなっている。有名なプラトン立体やアルキメデスの立体、その他の多面体や多胞体、トポロジーに関する資料はデザインを決定する上で非常に参考となるので、折り紙や多次元、さらに「超ねこ理論」などの本を読むのも楽しい。
「ミスター多面体」とも言われ、その研究に人生を捧げた偉大な幾何学者、ドナルド・コセクターの生涯を綴る「多面体と宇宙の謎に迫った幾何学者」は、実に読み応えのある本であった。ちなみに氏の発明したコセクター群とは「万華鏡を覗いたときにオブジェクトの像がいくつ見えるかを表す代数」だそうで、この対称性の概念は物理、宇宙、生物、経済などの他分野の研究にも多く使用されているとの事。ちなみにコセクターも「鏡の国のアリス」の大ファンだったようだ。
この著書は数学に興味がなくとも非常に読みやすく、ドナルド・コセクターという人物を語る上で多くの出会いがあり、数学者のみではなくコセクターと芸術家などの交流話も多く登場する。中でもドーム型構造物の大家であるバックミンスター・フラーはコセクターを崇拝し、氏の研究からもヒントを得てジオテックドームを実現し、その構造が炭素分子に見られることから、後にバックミンスターフラーレンと言われる回転楕円体構造(サッカーボールのような球に近い多面体)の妙名に至ったという。
また幾何学的な絵画やだまし絵の巨匠であるM・C・エッシャーとの交流はさらに深く、コセクターはエッシャーの絵を自身の講演に使う程のファンであり、エッシャーもコセクターの著書から多くのヒントを得たという。その交流は後にエッシャーの描いた幾何学模様や幾何学立体をコセクターが数学的に証明するというような関係にまで至ったとのことだが、コセクターが証明した数式=その呪文のような文章を見てエッシャーは「私には全く理解できない」と嘆いたそうだ。しかしながらこのようなコセクターの数学的な助けは、フラーやエッシャー、他の直感的な芸術家達の自信にもなり、自力で解決する力を与えたという。その他アインシュタインやウィトゲンシュタイン、CGアニメーションスタジオのピクサーなどとの関係もとても興味深いものがあった。
先日やっとNYから船便で作品が戻り、9月に大阪で開催される「リビング&デザイン」に出展する作品の改良を行っている。今回は住宅向けということでいろいろと考えていると、多面体を調べていた中でふと思いついたデザインがあり、CADでモデリングを繰り返しながら、構造的にもほぼまとまった感じだ。この作品には「多面体と宇宙の謎に迫った幾何学者」の中にあった以下の言葉が当てはまるかもしれない。
「単純な円、平面、球だけに 関心の的を限定するのはやめよう
複数のものがキスする 超平坦と超湾曲の世界へ飛び立とう」 ソロルド・ゴセット
やっぱり曲面好きかもしれない………